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Gabriel Tardeガブリエル・タルド研究

ガブリエル・タルド年表Biographie de Gabriel Tarde

3月10日: ジャン=ガブリエル・タルド (Jean-Gabriel Tarde) 、ドルドーニュ県サルラ (Dordogne, Sarlat) にて生まれる

タルド0歳

1843.3.10

ガブリエルの父ピエール・ポール・タルド (Pierre-Paul Tarde) 死去

タルド7歳

1850

タルド、眼病に冒される。25歳まで続く。

タルド19歳

1862

サルラの判事補 (juge suppléant) に任官

タルド26歳

1869

シャトラント県リュフェク (Chatrente, Ruffec) の検事代理 (substitut du Procureur de la République) に任官

タルド30歳

1873

予審判事 (Juge d'Instruction) として再びサルラへ帰る

タルド32歳

1875

テオデュル・リボー (Théodule Ribot) を中心として『哲学評論』 (Revue philosophique de la france et de l'étranger) 創刊

1876

マルト・バルディ・ドゥリスル(Marthe Bardy-Delisle)と結婚

タルド34歳

1877

長男 ポール(Paul de Tarde, 1879-1948)誕生

タルド36歳

1879

次男 アルフレッド(Alfred de Tarde, 1880-1925)誕生 (タルド37歳) 8月:タルド「信念と欲望――その計測可能性について」 (La croyance et le désir : la possibilité de leur mesure) が『哲学評論』(Revue philosophique de la française et de l'étrangers, 1876年創刊) に掲載。これがタルドの最初の公刊された最初の論文となる

タルド37歳

1880

三男 ギヨーム(Guillaume de Tarde, 1885-1989)誕生

タルド42歳

1885

タルド『比較犯罪学』(La Criminalité comparée)公刊 (タルド43歳) リヨン大学医学部法医学教授アレクサンドル・ラカッサーニュ (Alexsandre Lacassagne)、リヨン大学法学部刑法学教授ガロー (R. Garraud)、リヨン大学医学部法医学監督官 (chef de travaux)アンリ・クターニュ (Henri Coutagne) を中心に『犯罪人類学雑誌』(Archives de l'Anthropologie Criminelle et des sciences pénales) 創刊

1886

タルド『刑事哲学』 (Philosophie pénale) 公刊 (タルド47歳) タルド『模倣の法則――社会学研究』 (Les lois de l'imitation: Étude sociologique) 公刊 (タルド47歳) リヨン大学医学部法医学教授アレクサンドル・ラカッサーニュ (Alexsandre Lacassagne)、リヨン大学法学部刑法学教授ガロー (R. Garraud)、リヨン大学医学部法医学監督官 (chef de travaux)アンリ・クターニュ (Henri Coutagne) を中心に『犯罪人類学雑誌』(Archives de l'Anthropologie Criminelle et des sciences pénales) 創刊

1890

ラ・ロック・ガジャク (La Roque Gajac)にてタルドの母死去

タルド48歳

1891

タルド『刑事的・社会的研究』 (Études pénales et sociales) 公刊

タルド49歳

1892

タルド『法の変遷――社会学研究』(Les transformation du droit) 公刊 (タルド50歳)1月:ルネ・ウォルムス (René Worms)を中心に「国際社会学協会」 (Institut international de sociologie) が創設され、その機関誌である『国際社会学雑誌』 (Revue internationale de sociologie) 創刊される。タルドも加入し、「モナドと社会科学」(Les monades et sciences sociales) を寄稿 (タルド50歳)ラカッサーニュとともに『犯罪人類学雑誌』 (Archives d'anthropologie criminelle de criminologie et de psychologie normale et pathologique に雑誌名を改名) の共同編集者となる

タルド50歳

1893

タルド、司法省犯罪統計局長 (directeur de la Statistique Judiciaire au Ministère du la Justice) となりパリへと移住 (タルド51歳) 5月-8月:デュルケム、「社会学的方法の規準」を『哲学評論』に4回に分けて掲載 10月1日-4日:第一回国際社会学協会学会大会が開催される。そこでタルドはは「社会学のニ要素」 (les deux élément de sociologie)

タルド51歳

1894

タルド『社会論理学』 (La logique sociale) 公刊 (タルド52歳) タルド『模倣の法則』 第二版公刊 (タルド52歳) タルド『社会学試論・雑文集』 (Essais et mélanges sociologiques) 公刊 (タルド52歳) ルネ・ウォルムスを中心に「パリ社会学会」 (Société de sociologie de Paris) 創設される。タルドは初代パリ社会学会長となる (タルド52歳) 『国際社会学協会年誌』 (Annales de l'institut international de sociologie) 創刊 9月30日‐10月3日:パリにて第二回国際社会学協会学会大会開催

タルド52歳

1895

タルド「未来史の断片」 (Fragment de l'histoire future) を『国際社会学協会年誌』に寄稿

タルド53歳

1896

タルド『普遍的対立』 (L'opposition universelle) 公刊 (タルド54歳) タルド、「社会科学自由学院」 (Collège Libre des Sciences Sociales) にて、『社会法則』の原型となる3回の講演を行う

タルド54歳

1897

タルド『社会法則』(Les lois sociales) 公刊 (タルド55歳) タルド、「社会科学自由学院」にて「権力の変遷」の原型となる講演を行う。

タルド55歳

1898

タルド『権力の変遷』 (Les transformation du pouvoir) 公刊 (タルド56歳) タルド『社会心理学研究』 (Études psychologique sociale) 公刊

タルド56歳

1899

タルド、コレージュ・ド・フランスの近代哲学の座を占める (タルド57歳) タルド、コレージュ・ド・フランスにて「間精神心理学」(Psychologie Intermentale) の講義を行う (タルド57歳) タルド、コレージュ・ド・フランスにて1900年‐1901年の年度にかけて「経済心理学」 (La Psychologie Économique) の講義を行う

タルド57歳

1900

タルド、コレージュ・ド・フランスにて1901年‐1902年の年度にかけて「道徳の変遷」 (Les transformation du moral) の講義を行う (タルド58歳) タルド『世論と群衆』(L'opinion et la foule) 公刊

タルド58歳

1901

タルド、コレージュ・ド・フランスにて1902‐1903年の年度にかけて「刑事哲学」 (La Philosophie pénale :木曜講義) と「クールノー哲学の諸観念」 (Les idées philosophiques de Cournot :土曜講義) の講義を行う (タルド59歳) タルド『経済心理学』 (Psychologie Économique) 公刊

タルド59歳

1902

タルド、コレージュ・ド・フランスにて1903‐1904年の年度にかけて「間精神心理学の諸要素」 (Les Éléments de la Psychologie Intermentale) の講義を行う

タルド60歳

1903

5月12日:タルド、パリにて死去

タルド61歳

1904.5.12

9月12日:サルラの裁判所の正面に、ガブリエル・タルドの像が設置される

タルド死後5年

1909.9.12

参考文献

  • Milet, Jean, 1970, Gabriel Tarde et la philosophie de l'histoire, Paris: Vrin.
  • Tarde, Alfred de & Guillaume de Tarde, 1909, Gabriel Tarde, Paris: Louis-Michud.

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