国際社会学協会 (Institut international de sociologie)

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年表

1869

  • 12月8日: ルネ・ウォルムス (René Worms) 生まれる

1892

  • 年末:『国際社会学評論』 (Revue internationale de sociologie) 準備のための集まりができる [AIIS 1,1895: IV]

1893

  • 1月: 『国際社会学評論』創刊 [AIIS 1,1895,:IV ; RIS 1,1893]
  • 7月: 国際社会学協会 (L'institut international de sociologie) 設立 [AIIS 1,1895:IV]
  • 『国際社会学評論』1巻5号に 「ノート:国際社会学協会」が掲載。規約が掲載されている。また、「隣接科学における、法学国際協会や国際統計学協会のような、社会学にとっての一種の中心的な制御器官になりうる国際的な学問団体 (association scientifique)」ものとして想定されている。 [RIS 1(5),1895: 461-462]

1894

  • 5月:デュルケム「社会学的方法の規準」の連載一回目を『哲学評論』に掲載 [RP]
  • 6月:デュルケム「社会学的方法の規準」の連載二回目を『哲学評論』に掲載 [RP]
  • 7月:デュルケム「社会学的方法の規準」の連載三回目を『哲学評論』に掲載 [RP]
  • 8月:デュルケム「社会学的方法の規準」の連載四回目を『哲学評論』に掲載 [RP]
  • 10月1日‐4日: パリにて第一回国際社会学協会学会大会 (Le congrès ) 開催。これによると、パリ人類学会が会場を提供した(それは、「デュピュイトラン博物館」(cf. http://www.upmc.fr/cordeliers/dupuytren.htm ) の下にある旧修道院)。10月1日の午後、10月2日の午前、午後、10月3日の午前、午後、10月4日の午前、と開催。 (この10月3日に、タルドは「社会学の二つの要素 [基礎] 」を報告) [AIIS 1,1895: IX-XXX]
  • 『国際社会学評論』の2巻10号にて、「第一回国際社会学協会学会大会」についての報告掲載 (Worms, RIS 2(10),1894:721-728)  

1895

  • 『国際社会学協会年誌』 (Annales de l'institut international de sociologie) 創刊 [AIIS 1,1895: IV]
  • 12月11日水曜日パリ社会学会 (Société de sociologie de Paris) 創設 [RIS 3(11), 1895: 980; RIS 3(12), 1895: 1068]。(年会費は5フラン)
  • 9月30日‐10月3日: パリにて第二回国際社会学協会学会大会開催 (会場は第一回と同じ)

1896

  • 国際社会学叢書 (Bibliothèque sociologique internationale) 創設 [RIS 2(12), 1894: 896-7; RIS 4(2), 1896: 166]

1897

  • 7月21日‐24日: 第三回国際社会学協会学会大会開催 (主なテーマは社会の有機体理論 (La théorie organique des sociétés))。 「その開催の前に、学会大会は勝利を得た。ソルボンヌでの開催を獲得したのである」[AIIS 4,1898: 25]

1898

  • 『社会学年報』(L'année sociologoqiue) 創刊

1900

  • 9月24日-27日: パリにて第四回国際社会学協会学会大会 (主なテーマは氏族、人工家族など)

1903

  • 7月: パリにて 第五回国際社会学協会学会大会開催 (タルドが報告者となり、心理学と社会学の関係について発表 (Les rapports de la sociologie et de la psychologie))

1904

  • 5月13日: タルド死去)

1906

  • 7月: ロンドンにて 第六回国際社会学協会学会大会開催 (テーマ:社会闘争 (Les Luttes Sociales))

1909

  • 国際社会学協会がデクレにて「公益施設 Établissement d'utilité publique」として認められる。以下に引用あり。 [AIIS 12,1910: 1-2] これに合わせ、規約の大幅な改正
  • 7月: ベルンにて第七回国際社会学会学会大会開催 (テーマ:社会的連帯 (la solidalité sociale) )

1911

  • 10月12-18日: ローマにて 第八回国際社会学協会学会大会開催 (テーマ:進歩 (Le progès) )

1926

  • ウォルムス死去

1928

  • パリにて 第九回国際社会学協会学会大会開催 (テーマ:自律と階級 (L'autorité et la hiérarchie) )

1930

  • 10月13日-15日: ジュネーヴにて 第十回国際社会学協会学会大会開催 (テーマ:戦争と平和の社会学 (Sociologie de la guerre et de la paix))

1932

  • 第一期『国際社会学協会年誌』終了する

1933

  • 10月16日‐22日:ジュネーヴにて 第十一回国際社会学協会学会大会 [RIS 42, 1934: 1-28,108-147]

1935

  • ブリュッセルにて 第十二回国際社会学協会学会大会 [RIS 43, 1935: 1-52]
  • RISにて、ガストン・リシャール特集の増刊号が公刊。「社会学と形而上学」と題してデュルケムを扱った特集が組まれる [RIS 43, 1935: 77-88]

1937

  • 9月1日‐5日:パリにて 第十三回国際社会学協会学会大会 [RIS 45, 1937: 305-342] 開催。これが第二次大戦前の最後の大会となる。
  • 第一期『国際社会学評論』が終了する。

1938

  • 規約の大幅な改正が提起される。そこでは、「社会学協会及び学会の国際連盟 (Fédération internationale des Instituts et Sociétés de Sociologie) 」への移行が提起されている。

1939

  • 8月29日‐9月14日:ブカレストにて 第十四回学会大会が開催予定であったが [RIS 46, 1938: 559-581; RIS 47, 1939: 319-320] 、第二次世界大戦の勃発 (同年9月1日にドイツがポーランドへ侵攻) のため中止となった。

1949

  • 9月:ユネスコの後援により、国際社会学会 (International Sociological Association (ISA)) 設立。

1950

  • 8月30日‐9月2日:ローマにて 第十四回国際社会学協会学会大会開催
  • 9月4日‐9日:チューリッヒにて 第一回世界社会学会大会 (1st World Congress of sociology) 開催。[林 1950: 83]

1954

  • ローマにて 第二期『国際社会学評論』が創刊される [RIS II-1,1954]

1985

  • 第二期『国際社会学評論』終了する。[RIS II-21,1985: i]
     「本号は評論の第二期の最終号である。新シリーズは1987年に開始される予定となっている…」

1987

  • 新『国際社会学評論』が創刊される。 [RIS N-1,1987]  これはローマ大学統計学部によって発刊されており、そのまま現在に至る。

引用

規約 (AIIS 参照)

第一条.――国際社会学協会は、異なる国々の社会学者たちを社会学的問題への共同研究の観点から結集させることを目的とする。
第二条. ――本協会は、[最大] 100名の会員と200名の賛助会員 associésから構成される。
 第三条.――本協会は、毎年、学会大会を、順を追って選ばれた都市において、可能な限り異なる国々において開催する。学会大会は、その要求に応じて、間隔をより狭めたり空けたりすることができる。
 第四条.――学会大会では、目下の社会学的問題について、本協会の会員と賛助会員の報告を聴き議論する。学会大会では、本協会の会員と賛助会員を選出し、翌年度のための事務局に任命する。――会員と賛助会員は、学会大会に参加し議論において話すことができる。投票と選挙に参加できるのは会員のみとする。
 第五条.――本協会の事務局は以下のように構成される。協会長1名 un président 、副会長4名 quatre vice-présidents 、事務局長1名 un secrétaire général 。事務局の成員は可能な限りにおいて、異なる国民の間から選ばれる。事務局長を除きこれらの職務の任期は1年である。事務局長の任期は10年とする。
 第六条.――本協会は、学会大会においてなされた発表とその場で行われた議論からなる諸研究の報告集 recueil を毎年発刊する。その報告集には、事務局の決定によって、学会大会で発表の対象とならなかったが本協会の会員と賛助会員から提出された社会学研究を付け加えることができる。この報告集は事務局と出版社の間で同意された固定価格によって販売されることとする。各会員または賛助会員は、直近の大会についての報告集を1部無料で受け取るものとする。
 第七条.――学会大会における議論と毎年の報告集において使用できるのは、ドイツ語、英語、フランス語、イタリア語である。
 第八条.――本協会の諸経費の捻出するために、本協会の会員は20フランの参加権 un droit d'entre を支払い、賛助会員は10フランの参加権を支払う。 (1893年の『国際社会学評論』においては以下のようになっている。「報告集公刊の経費および協会の諸経費を捻出するために、協会の成員は年会費20フラン、賛助会員は10フランの年会費を支払う。毎年の報告集の販売収入に許すならば、この会費は削減、廃止される。 [RIS 1(5),1893: 462] )
 第九条.――本協会は、その所在地を、事務局長が在住し毎年の選集を発刊している都市におく。(1893年のRISには記載なし。1896年のAIIS第二号では「協会はパリにその本部を置く」と改定)

AIIS 3号、1898年にて改定。

『国際社会学協会年誌』第一巻第一号 (1895) の巻頭の言葉

 今日においては、社会研究の非常な重要性を見誤るものは誰もいない。だが、社会研究は様々な仕方で理解されている。社会研究の外で起こっていることを非難したり無視したりしようとすることなく、ずっと以前からこの研究に専心してきたある人々は、社会研究に適用する必要があると思われる非常に単純ないくつかの方法の規準 (règles de méthode) について合意した。その規準は次のように要約できる。

 1.社会的事実の全領域を、相互に内的に結合しているものしてみなし、その研究において何ものも書き落とすことのないようにすること。Considérer tous les ordres de faits sociaux comme intimement liés les uns aux autres, sans en omettre aucun dans la recherche;

 2. 個別の社会的事実の研究においては、主観的方法よりも客観的方法を通じておこなうこと、すなわち、発明したり構築したりする代わりに、観察し、分類し、帰納すること。En l'étude de chacun d'eux, procéder par la méthode objective, plutôt que par la méthode subjective : observer, classer, induire, au lieu d'inventer et de construire;

 3. 次に、社会的世界をそれそのものとしてはっきりと知ろうと努めること。言うことが許されている唯一のことは、そうなるであろうこと、またはそうなるに違いないことである。改革をなそうと望む前に、科学をなすこと。つまり、行為のために知ること、だが、行為する前に知ること。Par suite, s'efforcer de bien connaître le monde social tel qu'il est, ce qui, seul, permettra de dire ce qu'il devrait ou devra être; faire de la science, avant de prétendre faire des réformes; savoir pour agir, mais savoir avant d'agir.

 以上のことは、この研究者たちによれば、「社会学」の精錬のために明確にしておかなければならない本質的な視点である。『国際社会学評論』 (1893年1月発刊) の公刊準備のために1892年の末から集まった人々は、さらに、この『評論』の編集者の主導に基づいて、諸研究がこの構想を活用するように、学術団体 association scientifiqueを再結集しなければならないと信じていた。彼らの考えでは、この団体は、熟練した研究者にのみ開かれており、社会学的という若い科学の制御 regulateur センターとして、その下に置かれた原理によって権威付けられた守護者とならなければならないのである。こうして1893年7月に設立されたのが、国際社会学会なのである。 その誕生から一年後、学会は1894年10月のパリにて、第一回の年次学会大会 Congrès annuels を開催した。この本はまるごとこの学会大会での話ばかりである。報道 La presse はその成功を十分過ぎるほどに知らしめたのだが、お読みいただいているページは、大会で発表された諸研究を全文 in extenso再構成したものであり、その科学的影響力を判断可能なものにするだろう。障害がないわけではなかったこの試みの成功を、そして今日、国際社会学会を公衆のもとへと完全な成果としてお届けできるということを、正しく誇りに思う。この成功を、新たな学会大会によって、再度繰り返すことができるよう期待しながら。」

『国際社会学評論』創刊号の巻頭の言葉

「不幸なことに社会問題は、ほとんどの場合、政治的な精神による反省されていない経験や先入見によってしか扱われてこなかった。……われわれには社会問題に対する別の取り組み方があるように思われる。それは社会問題にたいし、厳格な科学的手法をもっぱら適用することである。科学は治療法を指摘することや助言を与えることを急ぎはしない。…医者が解剖学によって人間の身体構造を詳細に知らされた後でしか科学的になることができないように、社会の治療法や衛生をいつの日か科学的に確立できると望むのなら、われわれが創り出すべきは、社会の解剖学である」(RIS 1(1),1893: 1-2)

1909年3月5日のDécret

 Le Pésident de la République Française,
 Sur le rapport du Ministre de l'Intérieur ;
 Vu la demande présentée par l'Association dite «nstitut International de Sociologie», en vue d'obtenir sa reconnaissance comme établissement d'utilité publique; l'extrait du procès-verbal de l'assemblée générale en date du 6 juillet 1906; la délibération du Conseil municipal de Paris, en date du 3 juillet 1908; le Journal Officiel du 16 avril 1902 contenant la déclaration prescrite et budget ainsi que l'état de l'actif et du passif de l'Association ; les statuts proposés et les autres pièces de l'affaire;  L'avis du Préfet de la Seine en date du 20 juiller 1908 ;
 L'avis du Ministre de l'Instruction publique du 11 mai 1908 ;
 L'avis du Ministre des Affaires Étrangères du 24 décembre 1908 ;
 La loi du 1er juillet 1901 et le décret du 16 octobre 1901 ;
 Le Conseil d'État entendu ;

 ARTICLE PREMIER. ―― L'Association dite « Institut International de sociologie », dont le siège est à Paris, est reconnue comme établissement d'utilité publique. Sont approuvés les statuts de l'Association tels qu'ils sont annexés au présent décret.
 ARTICLE 2. ―― Le ministre de l'Intérieur est chargé de l'exécution du preésent décret.

 Fait à Paris, le 5 mars 1909.
                Signé : A. FALLIÈRES.
 Par le Président de la République :
             Le Président du Conseil, Ministre de l'intéerieur,
                     Signé :
G. CLÉMENCEAU.

*公益施設 l'établissement d'utilité publique とは、「公益性の承認に結びついた特権を付与された私法上の法人。設立の起源や活動の性質以外に、公権力の持つ特権は行使しえないことによって、公施設 l'établissement publique とは区別される」[山口 2002: 211]

その他引用

「1896年から1897年初頭にかけて、事務局は、6人の新たな、優れた会員のみを受け入れた。この数字は、先年度の数字からほとんど上がっていないが、それには非常に明白な理由がある。つまり学会の創設時から数多くの協力者がやってきたため、現在の学会は、様々な個々の社会科学において非常に権威のある代表的人物ならびに評判になっている社会学者のほぼ全てを含んでいるからである。したがって、過去と同じ速さで増加していくことはもはやないであろう」 [AIIS 3,1897: 26]

「この協会がルネ・ウォルムスによって1893年に設立されて以来公刊されてきた16巻の『年誌』は、我々がいかなる「学派」に対しても不偏と独立を保とうと配慮してきたことを証している」[AIIS 16, 1932: 5]

文献

参考文献

雑誌略号

meme mimeme mimesis